ごましおです。
他人の年収って気になりますよね。
日本では年収1000万円を超えると「1000万円プレイヤー」なんて言ったりもします。(古いか?!)
しかし、日本以外では年収が話題になることはないんですって。
なぜなら、純粋な「資本主義社会」だから。
あれ? 日本も資本主義社会じゃなかったでしたっけ?!
年収よりも資産
そもそも年収についての情報など、シンガポールでもアメリカでもまったく話題にならない。
私は、友人の年収を想像したことも、また情報交換をしたこともない。なぜなら、日本の外は“純粋な資本主義”だからだ。だから、我々の間で「年収」が話題になることはない。
年収は、新卒の人が最初の仕事を選ぶときの指標になるし、転職の基準にもなるが、それくらいだ。
この記事を読んでびっくりしたのが、日本以外では年収なんてさほど重要視されていないという事実。
年功序列が崩壊してから、かなりの時間が過ぎたと思っていましたが、日本では「今現在」の年収が結構重要視されますよね。
しかし、海外では今現在の年収が、そのまま将来も継続する保証なんてどこにもありません。
多分、今のところ日本の企業や社会のほうが圧倒的に安定しているので、年収とは「将来も約束された毎月の振り込み額やボーナスの合計」のような響きがある。
「日本の企業や社会が安定している」と考えるのか、ガラパゴス化が加速しているとみるのか?
どちらなんでしょう??
資本を活かすのが資本主義!
記事の中で最も印象に残ったのが、次の言葉です。
資本を蓄積して、それを活かして勝負するのが資本主義だ。
年収で考えている限り、それがいかに高くとも正直言って、「時間とお金を交換している雇われ労働者」のイメージしかない。
「資本主義とは、資本の蓄積・活用で勝負」
「労働者とは、時間でお金(年収)を交換」
たとえ「1000万プレイヤー」だとしても、年収にこだわる限り、雇われ労働者からの脱却はできそうもありません。
どちらの側になりたいのかは明白です。
まずは、この事実に気づいて、次の一歩を踏み出せるのかどうかが重要になりますね。
資本主義の醍醐味、ゲームの本質は、家族旅行に行っていても、寝ていても、資本が稼いでくれる仕組みを築くことだ。
自分が働いていない時間であっても、自分の資本(お金)が働いて稼いでくれる「仕組み」を作ること。
この仕組みを早期に築ければ、自分の時間を切り売りしなくても、自分の資本(お金)を何倍にも増やしてくれます。
私にとってはオルカンを積み上げることが「仕組みを築くこと」なのですが、積み上げたオルカンは、私が寝ていても遊んでいても、まじめに働いてお金を増やしてくれています。(今のところ)
特に直近の3年間は、私の年収以上に稼いでくれました。
しかも、増えた資本は、増えれば増えるほど、ますます大きく成長してくれます。
好循環とはこのことですね。
(暴落が来たら逆になりますけどw)
いつ始めるべきなのか?
日本人は頭のいい人も年収ゲームにどっぷりはまっていて、高給取りだが社畜化されている人がいてもったいない。早く資本のゲームに入らないと、AIが進化して、そこかしこに浸透しまくるこれからの時代は、高リスクとなるだろう。
「社畜ゲームを続けるのか?」
「資本のゲームを新たに始めるのか??」
その格差が、近年はますます大きくなっているのを感じています。
迷っている時間は、何も生みません。
将来、結果を引き受けるのは、会社でも、国でも、社会でもなく「自分自身」です。

「いま始めなかったらきっと、20年後のじぶんに怒られる」
野村證券のこのキャッチフレーズ、嫌いじゃありませんw
(ちょっと煽り感が強いですが、そこが好き)
この言葉に少しでも胸がチクッとしたなら、それはもう、答えが出ているのかもしれません。
私は資本ゲームを始めて15年以上になりますが、まだまだタヒぬまでゲームは続きます!

「貯金額いくら?」って質問も日本的ですよね。「総資産額は?」「資産を何でお持ちですか?」が資本主義的なのでしょうか?!




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